システムトレードでタイ移住計画断念(TT)。タイで就職活動♪
夢破れたいまでもタイにあこがれて、タイで就職してタイに住む計画の状況をつづる日記。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
バンコク病院へ
現地採用なので、退陣と同じで会社で加入している保険と、
(指定病院で無料で診療を受けることができる。)
現地採用の日本人のために会社で保険に加入しており、
上限が決まっているがどこでも行ける保険があり、
もちろん下記の上限が決まっている保険を使いバンコク病院へ腹痛の原因を調べに行ってきました。

昨年は有給休暇、病気休暇(タイでは30日ぐらいある。)を1日も使っていないので、
半日の休みといえども2年前の入院以来の休みを取りました。

簡単な病気であればタイ語でもそんなに問題ないのですが、
今回は胃のあたりが痛いし、
変なものも食べていないし、
体がだるいのもあり日本語ができる病院を選びました。

検診もすべて日本語で簡単に意思疎通ができ、
腹痛の原因も食中毒か、お酒等による胃が荒れていることではないかというはっきりとした結果を、
日本語で聞くことができ大満足でした。

気になるお会計も薬代等込みで3000B以下で保険内で支払無用でした。

会社の上司への報告は、
食中毒か、お酒、ストレスによって胃があれているのではないか。ということにしておきました。


タイで入院
ブログを書かない間にもいろいろなことがあり、
2010年12月に実は入院しました。

病名は「食中毒」です。
何を食べてなったのか今ではあまりわかりませんが、
全く怪しいものを食べていなかったので、
とても不思議です。

そして今週も腹痛、下痢になり病院へ行ってきました。
洪水の影響
10月~11月まで約1か月の洪水の水が引かず、
その後水が引いても攻城の掃除、
設備の購入等で稼働が長引いているところが多々あると思いますが、
それ以外にも、東部等への移転もあるようです。

今回の洪水の影響は、チャオプラヤ川が流れている中部地区だけが被害に会いました。
東部地区のラヨーン等はまったく被害がなく、
今後も東部地区のほうが、空港、港湾にちかく有利になりそうです。

ほかにもパタヤに近いのが魅力です。

地震、洪水ありまして、更新していなかったのですが、久しぶりに更新です。
かなり遅れましたが、アユタヤでは洪水がありまして、
私の働いているところも水没。
アユタヤに住めなくなったので、現在バンコクに住んでいます。
(今はアユタヤは水がなく、住むことができます。)

川を渡ったトンブリのほうの大きな通り沿いに住んでいますが、
車の通りは多いのですが、
店屋がほとんどなく、屋台もなく生活が結構大変です。

ひさしぶりのパタヤ
約2年ぶりのパタヤにこの前行ってきました。
土曜日、日曜日の2連休だったので、
金曜日仕事が終わってすぐにランシットへ、
ランシットからモチットへそこからパタヤへという感じでした。

アユタヤを出たのはだいたい19時。
ランシットへ20時。モチットへ21時ちょっと前につき。
モチット出発は21時前でした。最終は22時ぐらいのようでした。
パタヤについたのは23時過ぎていたと思いますが、
パタヤの夜は長いのです。

といわけで1日目のパタヤは3時ぐらいまでウォーキングを回り歩いて、
夜の海を見ながらホテルに戻り4時ぐらいに就寝。
ついに2つの村に
12月13日から初めて1月ちょっとたち、
貴族を作ってやっと近くの村を征服。
2つの村になったのですが、
周りには小さい村だらけで、
資源の略奪ができなくて困っています。

誰か資源を送ってください。
わかれました。
タイに来てからなんとなく付き合い始めたタイ人彼女ですが、
なんどかけんかして、元に戻っての繰り返しだったけど、
今日わかれました。

タイで仕事をしている理由の1つでもあるので、
その1つがなくなると、なんとなくやる気がなくなるのと、
今まで抑制されていたものがなくなり、
どこにでもいけるという自由を手に入れました。
というわけで、連休は遊びにいける体になりましたので、
連絡ください。
眠れない。
「ねむれない」といっても、
仕事が大変でストレスがたまり眠れないとか、
仕事がたくさんあるということではなく、

「部族戦争」にはまってしまい、
夜の12時に寝て朝5時ぐらいにおきて30分程度やってから、
仕事に行く準備して出勤です。

しかも、12時から5時までの睡眠時間中にも
なぜか目が覚めて、ログインして少し操作してから再度睡眠。
という感じなので眠いです。

今のところ仕事中に寝てしまったということはないので、
問題ないかと思いますが、
常に寝不足状態です。

タイ北部へ 6日目
チェンライへ 6日目

朝起きて昨日のおばあちゃんから聞いていた雲南そば屋さんへ、
雲南そば

メーサロンでは中華系の人が多く、
簡単な中華料理屋がたくさんありおいしいです。
ただ、中華系のおばちゃんたちタイ語通じないときあります・・・

ご飯を食べた後はソンテオでメージャンに向かったのですが、
なかなか人が集まらなく出発まで結構待った後メージャンへ。
メージャン到着後チェンライ行きのバスを通りで拾い、
チェンライバスターミナルに到着。
前回のツーリストインに向かうもいっぱいだったので、
途中でチャリを借りていろいろ探しちょっと怪しいホテルに泊まることにする。

ホテルに荷物を置いてこの前まわれなかった市内観光へ向かった。
最初に向かったのはワットプラシン特に書くことがない・・・
ただ北部の仏塔には鉄片に変な飾りがついているのが特徴のようで、
あまりバンコクではこういう仏塔は見たことがない。
ワットプラシンの仏塔


次に行ったのはワットプラケオ。
バンコクにも同じ名前の寺がある。
ここは坊主がたくさんいて見学しずらかったけど、
敷地内には多くの植物があり雰囲気がよかった。
ワットプラケオ


ほかにはあまりないようなのでホテルに戻り休憩してから夜の街中周遊に出かけた。
空港近くの地元のカラオケらしい所で飲んで、
その後ちょっと興味があったコヨーテらしき所へ、
しかし、ひどかったです。
その後また違うカラオケにいくとタイ人の中年の男性から声をかけられた。
その人は日本で働いていたこともあり、
そこで日本人の社長にお世話になったといっており、
その人にそこのカラオケでビールをご馳走になり、
かなり飲んだ後夜遅くにホテルに帰還した。


タイ北部へ 5日目その2
メーサロンへ  5日目その2

メーサイからメーサロンにはバスがないらしく、
メージャンという所までバスで行き、
その後メージャンでソンテオに乗り換えた。
メーサロンに向かう道は山道で尾根沿いに登って行くため一緒に旅をしていたMさんは車酔いし、
やっとたどり着いたメーサロンで具合が悪そうだった。
メーサロンの町並み


メーサロンに到着後「地球の歩き方」についていたメーサロンリゾートへ行ってきた。
ここは昔の中国国民党軍の拠点だったらしく、
ソンテオがついた所からさらに山道を登ったところにあった。
しかし観光客は私たち2人意外誰もいなく、
広いレストランで私たち2人で食事をしてきました。
値段はちょっと高めで中華料理でした。

ご飯を食べた後にホテル探しに出かけたが、
ここのゲストハウスはあまりきれいではなく何件か捜し歩いた末に見つけたのがホテルでした。
ここのホテルはすごくきれいだったが値段が高かったが、
交渉していくとどんどんやすくなり一泊300バーツになった。
たぶんこのたび一番のきれいなホテルになった。
メーサロンのホテル

メーサロンのホテル2


その後街中を散策してみると、
漢字の看板が多いことに気がつく中華系の人が多いらしく、
ここはお茶の名産でもあるらしい、
少し周りを歩いてからホテルに戻って、
おばあちゃんと話しているとどうやら中華系で、
お茶の栽培をしているらしくなんとなくお茶を買ってしまった。
ホテル代が安くなった以上の出費だった。
その後おばあちゃんの紹介でバイクを借りて再度メーサロン観光に出かけた。

メージャンから来た道をそのまま奥のほうに向かっていくと、
学校があり多くのお店があった。
ここら辺が町の中心なのかもしれない。
屋台街

ちなみにコンビ二はソンテオを降りた付近にあった。

その後ここからさらに上にのぼり山の上にあるお寺に行ってきました。
ここの寺はつい最近のものようですが、
山の中にぽつんとあってきれいでした。
メーサロンのお寺


その後メーサロンについたときから気になっていたわらでできた家の方向に向かいました。
行く途中の人に尋ねてみるとどうやらアカ族の部落らしく、
山岳民族の部落に初めての潜入となりました。
アカ族の村1

アカ族の村2

木の実を取る子供たち


しかし、話しかける勇気もなく写真を撮るだけで、
山岳民族との交流もなかったです(><)

ホテルに戻ってからご飯をどうしようかと宿のおばあさんに相談すると、近くのインド料理屋さんのお店に連れて行ってくれました。
インド料理


夜も更けてきてそろそろ恒例の夜のジョキングに行ってきましたが、
飲み屋らしきものはあるのですが、
人がほとんどいなくなにもないと判断して就寝しました。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。